民事信託の活用事例

 

【家族信託】

 

~子・孫のために~

事例1 子の養育支援

(1)事案・希望 

母が余命1年と宣告され、未成年の一人娘に全財産(祖父より相続した土地、預貯金2000万円)を遺したいと考えた。現在、祖母、母、娘で同居中である。父(夫)は浪費癖があり、別居中であるが、娘の希望もあり離婚は考えていない。母が頼る相手としては祖母(母)がおり、祖母(母)の判断能力が低下した場合には伯母(姉)を頼りたいと思っている。娘に全財産を遺したうえ、父(夫)に浪費されないよう、父(夫)には全財産を遺すことを知られたくないと考えている。

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(2)実現方法

△遺言
遺言であれば比較的簡便に母の単独行為として、娘に全財産を相続させることが可能です。自筆証書遺言や公証役場で行う公正証書遺言をすることが考えられます。
遺言は父(夫)にも知られにくく、その点で希望に沿うものといえます。しかし、娘が未成年者であるため、母の死後に娘が財産を取得してもその管理は親権者である父(夫)が行うこととなります。これでは、父(夫)による浪費のおそれがあり、希望に沿いません。
 
△未成年後見人
 母の死後に祖母や伯母(姉)を娘の未成年後見人に指定することができれば、娘の身上監護・財産管理を託すことができます。未成年後見人は裁判所の管理下に置かれるため、父(夫)による財産の浪費を抑制することが可能です。もっとも、未成年後見人の制度は原則として未成年者に親権者がいない場合の利用を想定した制度です。そのため、親権者である父(夫)がいる本事案では利用が難しいといえます。
 
〇信託 
 母を委託者、祖母を受託者、娘を受益者とする信託の利用が考えられます。目的は母の死後の娘の養育支援として、母の全財産を信託します。こうすることで、信託財産の所有名義は受託者の祖母名義となり、父(夫)に浪費されるおそれが無くなります
 祖母の判断能力の低下が心配される場合には、次の受託者として伯母(姉)を指定しておけば万一祖母が管理能力を失っても、管理者不在の期間を生じさせずに済みます
 また、受託者の管理能力に不安があれば、専門家である信託監督人をつけることもできます。

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具体的な信託の方法については、法律専門家に相談しましょう。
事前に知っておきたいという方のために説明すると、今回考えられる信託の方法としては、①遺言信託、②遺言代用信託があります。①遺言信託は、遺言の中に信託に関する条項を入れて、遺言の効力の発生時に信託の効力を発生させる方法です。遺言で行うので、母が単独行為として行え、父に知られるリスクは小さいです。ただ、受託者となる祖母には事前に説明をしておかないと、いざ信託開始となったときに混乱が生じるおそれもあります。したがって、遺言信託には専門家を交えての事前の相談が望ましいといえます。②遺言代用信託は委託者と受託者との契約で委託者の死亡後の受益者や残余財産の帰属権利者を定めておく方法です。母が祖母と契約を締結する必要があるので、祖母から父(夫)に知られることがあるかもしれません。
 なお、いずれの方法であっても、父(夫)は遺留分減殺ができる点、娘に相続税がかかる点では同じです。

事例2 障がいのある子の生活支援

(1)事案・希望

祖父が娘(姉)とともに知的障がいのある孫と生活している。祖父が83歳、娘(姉)が60歳、孫が40歳である。孫は福祉施設で生活訓練をしており、障がい者年金を自給しているが、仕事で生活費を稼ぐことは難しい。高齢になり、今のうちに自分の死後の孫の生活を支援する方法を検討しておきたい。娘(姉)は自身の子である孫の生活を全面的にサポートしていくと思われる。妹夫婦も孫を気遣ってくれているが、遠方に住んでおり、負担はできるだけ負わせたくない。祖父は孫と娘の生活のために自宅とその土地を譲りたいと考えている。

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(2)解決方法

△贈与
 自宅を娘(姉)や孫に贈与することが考えられます。贈与は契約なので、孫に判断能力がなければ孫自身が契約を締結をすることは難しく、また孫が贈与を受けても自身で管理することが困難です。そこで娘を贈与の相手方とすることが考えられますが、娘が自宅を売却してしまうことも考えられ、この場合には祖父の希望が叶えられないこととなります。
△遺言
 遺言は祖父の単独行為でできますが、贈与と同様に、孫自身には管理能力がないうえ、娘に相続させても娘が処分して財産が孫にいかない可能性があるという問題があります。
〇信託
 信託を利用して、娘と孫を受益者にすれば、受託者に管理を任せた上で、祖父の希望を叶えることができます。
 本事案では、受託者を誰にするかが一番の問題となります。娘と孫の生活の本拠を信託財産としても、受託者による継続的な管理が行われなければ希望がかなえられないからです。本事案では、娘(姉)や妹も高齢であり、単純にこの人たちを受託者とすると、受託者の死亡により信託が立ちいかなくなるおそれがあります。そこで、一般社団法人を設立して、これを受託者とする方法が考えられます。社員として、祖父、娘(姉)、妹夫婦、妹夫婦の子を設定しておくとよいでしょう。法人の運営は妹家族に大きな負担を及ぼすことなくすることが可能です。受益者は当初は祖父、祖父の死後は娘、娘の死後は孫と指定することができます(受益者連続型信託)。受益者連続型信託の有効性は30年という制限がかかり、信託の設定後30年以内に孫が受益者とならないと、受益者連続型の特約は無効となってしまうので注意が必要です。
 なお、特定障がい者の方の生活費などに充てるために、特定障がい者を受益者とする財産の信託を行うときは税制上の優遇が行われています。受益権の価額のうち、「特別障がい者」に当たる特定障がい者については6000万円まで、当たらない人については3000万円までが贈与税が課せられないようになっています。

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事例3 孫の教育資金援助

(1)事案・希望

祖父がまだ未成年である孫の教育費等を少しずつ援助したいと考えている。お金の管理は息子である孫の父に任せられる。具体的な希望としては、①自分の生存中に、孫の進学・就職の際に、贈与税の基礎控除(年110万円)の範囲内で経済的に援助したい、②自分の死後も同様に援助したい、ということになる。

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(2)解決方法

△贈与
 まず、祖父自身が孫の進学・就職の度に資金援助する贈与の方法については、祖父が認知症などで判断能力が低下し成年後見制度が利用されると、祖父の財産は成年後見人の管理下に置かれ、祖父以外のために財産を利用することは難しくなります。
 祖父が孫への援助資金を一括贈与する方法は、贈与税がかかるほか、孫自身や父による浪費のおそれがあります。
△遺贈
 祖父の死亡時に援助資金を孫に承継させることも遺贈の方法で可能です。しかし、この方法では相続税がかかりますし、贈与の場合同様に孫・父親の浪費のおそれがあります。
△委任
 祖父が父親との間で孫への贈与を内容とする委任契約を締結する方法では、存命中はよくても、祖父の死亡により当然に委任契約が終了するため、希望②が叶えられません。
〇信託
 委託者を祖父、受託者を父親、信託財産は祖父の預貯金、目的は「当該預貯金を管理し、孫に現金を支給すること」とします。問題は受益者を誰とするかです。現金の支給を受ける孫を受益者とすれば良いようにも思えます。しかし、信託においては、受益者は財産の実質的な所有者となるため、孫を受益者とすると孫に贈与税が課されることになってしまいます。
 そこで、祖父の存命中は祖父自身を受益者としておけば、祖父から確実に孫に現金を支給できますし、信託の効力発生時には課税関係が生じません。そして、祖父の死後については、孫を第二受益者とすることで対応できます(受益者連続型信託)。孫は祖父の死亡時に信託財産が遺贈されたと評価されるので、孫にはこの時点で相続税が課税されます(父親が存命中であれば、祖父から父親への相続を免れていることから、税額の2割加算の調整を受けることとなります)。

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~配偶者のために~

事例4 死後の配偶者の生活支援

(1)事案・希望 

夫が自らの死後の妻の生活を支援したいと考えている。夫にめぼしい財産はないが、生命保険に加入しており、死後には妻に一定の保険金を受け取らせることができる。
 妻は多額のお金を手にしたことなく、また判断能力が低下するおそれもあるので、保険金を受け取った後のお金の管理をきちんとできるか不安である。夫婦には独立した既婚の息子がいて、財産の管理は任せられそうである。しかし、息子は事業をしているので、管理を任せたお金を事業に使ってしまわないか不安が残る。

夫の希望をまとめると、①自分の死後支払われる保険金を妻の生活費に充てたい、②妻の管理能力が心配なので管理は息子に任せたい、③息子がお金を流用しないようにしたい、ということになります。

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(2)解決方法

△委任
 妻が夫の死後受け取った保険金について、息子に管理を委任することが考えられます。これにより息子が財産を管理することは可能ですが、委任の場合には保険金が妻の手元に残り、妻も管理権持つため、息子に管理を任せたいという希望に沿いません
△消費寄託
 消費寄託では寄託対象の保険金が息子の手元に移るため、希望②に沿います。息子は消費寄託契約に基づき、寄託された金額と同額の金銭の返還義務を法的に負うので、実質的に③も叶えられます。消費寄託は夫の希望をかなえられる方法といえますが、契約の締結をするかどうかは妻と息子に委ねられ、生前に夫が決定できないため不確実な方法となります。
〇信託
 信託を用いれば、夫が存命中にその希望を叶えることができます。夫を委託者、息子を受託者、妻を受益者として、信託の目的は「夫の死後、死亡保険金を管理して、そこから妻に毎月一定額の生活費を支給すること」という様に設定します。息子は信託の定めによる拘束を受けるので、信託財産の流用は予防できます。なお不安が残るなら一般社団法人を設立して受託者とすることも考えられます。
 信託財産は夫の死亡保険金請求権となります。ここで注意が必要なのは、保険金自体は夫が信託を設定する存命中はいまだ現存せず、請求権の形で存在するに過ぎないことです。また、保険契約で受取人を妻に設定していると、保険金請求権は妻の権利となり、夫が信託の設定をすることはできないので、夫は保険契約者として受取人を自分自身に変更しておく必要があります。

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事例5 配偶者支援型家産承継信託

(1)事例・希望

 
Aは60代男性であり、前婚の妻との間に実子がおり、現在は後婚の妻とその連れ子と共にA所有の自宅に暮らしている。
将来の自己の財産の承継については、自身の死後には後婚の妻に自宅土地を承継させ利用させたいが、妻亡き後には連れ子ではなく実子に相続させたいと考えている。

Aさんの希望としては、①妻に財産を承継させたい、②妻の死亡後には、前婚の妻との間の実子に財産を承継させたい、ということになります。

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(2)解決方法

 民法の相続の規定に従うと、Aさんから後婚の妻に財産が承継された後は後婚の妻に承継された財産は後婚の妻の相続人にしか承継されません。そこで、信託の方法により、後婚の妻から実子への財産承継ができないかを検討します。
 信託では、Aさんが委託者となり、承継させたい財産を信託財産とし、受益者は後婚の妻とします。目的は受益者の生活支援とします。受託者については、Aさんが信頼を置く親族とするか、または実子と後婚の妻に信頼関係が築けるならば実子とすることも考えられます。実子への財産の承継については、受益者である後婚の妻の死亡を信託の終了事由とし、残余財産の帰属先を実子とすることで対応します。

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~親のために~

事例6 福祉型家族信託

(1)事例・希望

 
母が80歳となり介護も必要な状態である。現在母の意思はしっかりしている。これまでは、近隣に住む息子とその妻が身の回りの世話をしてきたが、負担が重くなってきている。母は介護施設への入居を決意し、自己の保有する資産の管理・運用を息子に託したいと考えている。
母は資産として賃貸アパートを一棟、自宅の土地・建物を有している。
 母・息子の希望としては、①母の資産管理の負担をなくすために、息子に財産の管理運用に関する権利を全て委ねたい、②母の生存中、財産の管理・運用から生じる利益は母の生活費として利用したい、というものになります。

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(2)解決方法

・信託による解決
 信託を利用することで、母・息子の希望を叶えることができます。
 信託の目的を「母の生活の安定、療養介護」とし、母が委託者となり、息子を受託者として資産を信託します。こうすることで、資産の名義は受託者である息子の名義となり、息子が当事者となって管理運用することができます。例えば、自宅の土地建物の売却や賃貸アパートの契約事務・建替え等に関して息子が母を通さず行えるようになります。こうして母が資産管理に煩わされることがなくなります。
 そして、受益者となる母の「生活の安定、療養介護」を目的としているので、息子はその他の目的で管理運用することは法的に許されず、管理運用から得た利益を母が受け取ることができます。
 信託の終了については、母の生活支援を目的とするものであるので母の死亡を事由として信託が終了します。信託終了後の信託財産については、母の相続人、本件では唯一の相続人である息子に承継されることになります。相続人が複数いて、信託終了後の財産の承継先の希望がある場合には、信託と共に公正証書遺言を利用することで、承継先を定めることができます。

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事例7 後見制度支援信託

(1)事案・希望

 
A(56歳男性)は今年80歳になる父の財産管理が必要となり、父について成年後見の申立を行った。父は母が死亡してから認知症となり、養護施設に入所している。父の資産は預貯金約1000万円で、月の収入は約10万円、支出は施設の利用料等で約8万円である。Aは高額の預貯金について管理することには不安がある。父に急な病気などで費用支出が必要なときはその都度調整したいと考えている。

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(2)解決方法

○後見制度支援信託の利用
 後見制度支援信託とは、後見に併せて利用される信託で、被後見人の財産のうち、日常的な支払いをするのに必要な財産については後見人に管理をさせ、通常使用しない財産については信託銀行などに信託するものです。
 後見制度支援信託は、家庭裁判所が後見開始の申立に併せて利用を検討すべきと判断した場合に、弁護士などの専門職後見人を選任の上、この者に信託の利用が適切かどうか調査報告させて、決定します。
 信託された財産は元本が保証され、預金保険制度の保護対象となるほか、信託財産の払い戻しや解約には家庭裁判所の指示書が必要となります

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この信託により、成年後見人の財産管理の負担の軽減を図ることができます。後見制度を補完する信託の利用方法となります。


~自己財産の管理・運用、相続のために~

事例8 停止条件付き信託

(1)事例・希望

 
 Aは50代後半の男性で、自宅土地建物、賃貸アパート、月極駐車場などの不動産を所有している。Aは婚歴なく独身で、すでに父母は亡くなっている。親族には兄夫婦とその子(甥)がいるのみである。今後の資産管理を考えたところ、賃貸アパートについては父から承継したもので老朽化しており、建て替えの計画を立てている。Aはまだ自分では若いつもりだが、配偶者・子がいないため、自己の判断能力が低下した場合の不安を感じている。もしものときには、兄に資産管理を任せたいと考えており、自分が死んだときには兄や甥に資産を承継してもらいたいと考えている。
 Aさんの希望としては、①自己の不動産について、基本的に自分で管理・運用をして、自己の能力が低下したときに兄に管理を任せたい、②死亡後は兄か甥に財産を承継させたい、ということになります。

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(2)解決方法

・信託による方法
 Aさんは先行きに対する不安を感じており今のうちに、将来の資産管理の道筋を付けておきたいと考えています。このような場合には、停止条件付信託契約を利用する方法があります。「停止条件」とは、一定の事項が成就するまで法律行為の効力の発生を停止する条件のことをいいます。信託法4条4項で「前三項の規定にかかわらず、信託は、信託行為に停止条件又は始期が付されているときは、当該停止条件の成就又は当該始期の到来によってその効力を生ずる。」として、停止条件付の信託が認められています。
 停止条件付信託によって、自己の資産を兄や甥を受託者として信託契約を締結しておけば、将来の資産管理の道筋を付けることができ、Aさんの不安を解消することができます。兄としても、Aさんの財産管理を行う責任を本当に必要なときまで回避することができます。
 停止条件について、「①Aが心身や意思能力に衰えを感じ、この契約の履行が必要と判断するに至ったときに、受託者(ex兄)に通知することとし、この通知が到達したとき、②当事者が予め協議して決定した判定者□□によって、Aの意思能力が後見人を必要とする程度に衰えたと判定されたときに、判定者がAに代わって受託者に判断結果を書面で通知するものとし、この通知が受託者に到達したとき」などと設定します。

minji-shintaku-katsuyo-08-02.jpg(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

注意すべき点としては、まず信託契約は委託者と受託者で契約を締結する必要があるので、信託する財産の範囲や報酬の有無・内容、停止条件の詳細等について綿密な打合せによる合意形成が必要となります。
 また、本件では停止条件付きということで、特殊な注意点が2点有ります。1点目は、信託財産の対抗要件についてです。信託財産とする不動産は信託の登記をしなければ第三者に対抗できません。停止条件付信託では条件成就まで信託の効力は生じないので、効力を発するまでは登記の必要がありません。そのため、いざ条件が成就したときに信託の登記をすることを失念してしまうおそれがあります。2点目が、信託財産の変更についてです。契約の時点と停止条件が成就した時点では信託財産が変わっている場合があります。本件Aさんがアパートの建て替えを検討していることから、契約締結後条件成就までの間に新しい建物にした場合には、信託の変更契約を締結する必要があります。リフォームならともかく、建て替えであれば全く別の建物となるからです。


事例9 交通事故被害者と家族の生活支援

(1)事案・希望

 
会社員男性Aが交通事故に遭い高次脳機能障害を負った。家庭裁判所への申立が認められ高齢の両親が補助人となり、生活をサポートしてくれている。事故に関して補償金をもらっているが、生活をサポートしてくれている両親のためにも補償金を使いたいと考えている。補償金の管理・運用については、妹と弟に任せることができる。脳機能障害でいつ判断能力が低下するかわからないので、いまのうちに手だてを講じておきたい。
 Aさんの希望としては、①交通事故の補償金を家族も受け取れるようにしたい、②妹と弟に補償金の管理・運用を任せたいというものになります。

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(2)解決方法

△補助、△贈与
 既に両親はAの補助人であり、補助制度の下Aの補償金を管理することができますが、両親が高齢であるため高額な補償金の管理には不安があります。Aが両親に対して贈与をする方法でも同様のことがいえます。妹や弟に管理を任せた上で贈与する方法では、妹・弟が生活に困窮した場合などに自己のために費消してしまうおそれがあります。そして、将来Aの判断能力が低下した場合には、約束を反故にされても対処が困難です。
△委任
 Aが妹や弟と財産管理に関する委任契約を締結する方法でも、委任者であるAの判断応力が低下した場合には受任者である妹や弟の監督が困難となります。
○信託
 信託を利用し、妹と弟を受託者にすれば補償金の管理を任すことができ、監督も法的に担保されます。受益者をAと両親とすれば両親にも給付金を渡すことができます。

minji-shintaku-katsuyo-09-02.jpg(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 信託財産は交通事故の補償金、信託の目的は「A本人の生活・福祉を確保すること」、及び「Aを支える両親の生活を支援すること」とします。
 受益者はAと両親とします。そして、信託財産がAの事故に対する補償金なので、A本人の生活支援を主眼に置くべきとも考えられます。この場合には、受益権の内容についても詳細を定めておきます。
例えば、「①Aは生活費及び医療費として年額250万円を受け取る。ただし、医療費などで特別な出費が有れば追加で給付を受ける。②両親に対する給付の内容は、年間120万円を限度とする。ただし、特に医療費などが必要な場合はAが負担する扶養義務の範囲で給付する。③受益権は譲渡・質入れすること及び分割することができない。」などと定めます。
 注意する点としては、Aは障害を負っているものの、補助が必要な程度であるため信託契約を締結することが考えられます。しかし、もっと重篤な障害により判断能力が失われてしまっている場合には、信託契約の締結すら難しく、信託の利用が困難です。


事例10 財産の帰属を希望通り決める信託

 (1)事例・希望

 
ア Aは60代男性であり、妻がいる。Aは賃貸物件を所有しており、自身亡き後にはこの物件からの収入を妻の生活に充てたいと考えている。Aには子がおらず、両親も亡くなっているが、弟がいるので法律上Aの財産が弟にも4分の1相続されることになる(民法889条、890条、900条)。Aとしては賃貸物件は妻にすべて相続させたいと考えているが、その他の財産については多くは妻に残したいが、代々承継してきた財産の帰属については悩んでおり遺言をするには至っていない。
イ アで述べた事情に加えて、妻に妹がいるという事情があった。Aからの相続については、Aは妻にすべての財産を相続させたいと考えているが、その後に妻が亡くなった場合には弟に財産が行くようにしたい。特別な手当をしなければ妻が亡くなれば妻の妹に財産が行ってしまうので、自身の弟に財産が行くようにできないか。
ア Aさんの希望としては①他の財産については保留したいが、賃貸物件について妻のみに相続させるようにしたい、②遺言による以外の方法を検討したいということになります。
イ アに加えて、Aさんは③妻に全財産を取得させたいが、妻の死後には妻の妹ではなく、自身の弟に財産が行くようにしたいという希望がある場合を考えます。

アの事情
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イの事情
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(2)解決方法

・アについて
 希望②との関係で、遺言について触れておくと、遺言で妻に財産を遺贈しておけば、弟は遺留分を有さないので(民法1028条)、妻は財産の全部を取得することができます。しかし、今回は一部財産については帰属を決めかねており遺言できないという事情があるため、希望②のように遺言ではない手段、つまり信託による方法を検討します。
 本件のように一部の財産については帰属が決まっている場合には信託の利用が適しています。ここでは遺言代用型の信託契約が活用できます。
 信託では、賃貸物件を信託財産とし、Aさんを委託者兼受益者、妻を受託者とします。Aさんと妻が信託契約により、家族信託を行うことになります。受託者である妻は、名義上信託財産の所有者となり、信託契約で設定した範囲で信託財差を管理処分する権限を取得します。そして、遺言代用信託として重要な点は、Aさんの死亡時には信託を終了させることとし、残余財産の帰属先を妻にしておくことです。
 まとめると、もしAさんが全ての相続財産の帰属先を決めているならば、遺言を利用する方が簡便です。信託は、一部財産については帰属先が決まっている場合の利用に適しています。また、信託は遺言と異なり公開性があるため(信託登記)、遺言のように被相続人だけが内容を把握しているということがなく、相続人が将来の財産の帰属を知れ、安心できるのです。

アの解決方法
minji-shintaku-katsuyo-10-03.jpg(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)


・イについて
 本件のように、先祖代々で受け継いできた不動産などについて、自らの死後には妻に利用させたいが、妻の死後には妻の親族ではなく自身の兄弟姉妹に相続させたいという場合があります。
 このような場合には、遺言で妻に財産全部を相続させた上、さらに妻に自身の弟に遺贈する旨の遺言をしてもらうことも考えられます。しかし、この方法では妻が心変わりして、遺言を書き直すという可能性が残り、本人の希望が実現される保証がありません。
 そこで、信託の利用が考えられます。本件の事例で考えると、信託財産は賃貸物件で、委託者はAさんです。目的は財産の管理と受益者の生活支援とします。受託者については、Aさんの弟が考えられますが、適性を踏まえた上で、第三者である信託会社を受託者とすることも考えられます。弟を受託者とする場合には、弁護士などの専門家を信託監督人に置いておけば安心です。受益者については、当初受益者をAさん、第二受益者を妻、第三受益者を弟に指定しておきます。このように受益者の死亡により受益権が移転する「受益者連続型信託」とします。これにより、前もって財産の帰属先を決定でき、妻の親族に財産が移ることを防止できます。
 注意点としては、受益者の死亡により受益権が移転するときに、次の受益者に相続税がかかることがあります。また、受益者連続型信託には30年の有効期間があるため、30年以内に弟が受益者にならない場合には受益者の指定が無効になってしまいます。

イの解決方法
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事例11 相続対策・受益権複層化信託

(1)事例・希望

  
A(80代男性)は、賃貸アパートを有し、その1室に妻と居住しており、3人の子とは別居している。Aは自分の死後は妻にこれまで通り自宅での生活を続けさせたいと考えている。妻がアパート相続の税を負担することは可能である。しかし、子らはAからの相続を期待している節があり、遺産分割や子らの遺留分請求があった場合には妻に更なる負担が生じるので、妻はアパートを売却せざるを得なくなる可能性がある。
 Aの希望は、子らに相続における不満を与えずに、妻がこれまで通りアパートに暮らし、アパートの賃貸料から生活費を捻出できるようにしたいということになります。

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(2)解決方法

 信託のスキームとして、受益権を複層化する方法が考えられます。
Aは遺言信託の委託者となり、賃貸アパートを信託財産、目的を「信託財産の管理運用、収益受益者の生活支援、元本受益者への信託財産の適切な承継」とします。受託者は信頼の置ける親族等とします。受益者の設定が重要です。子らを信託財産自体を受ける「元本受益者」とします。そして、妻を信託財産の管理運用によって生じる利益を受ける「収益受益者」とします。このように、受益権を元本受益権と収益受益権に分離することを「受益権の複層化」といいます。
 信託財産が賃貸不動産なら、元本受益者は賃貸不動産自体の所有権や不動産を売却した場合の代金を取得します。収益受益者は賃貸料から費用を減じた利益を取得します。
 この信託を利用することで、妻は信託財産であるアパートに住んだまま、収益受益者として賃貸料を生活費に充てることができます。子らは信託中はアパートから生じる利益を得ることは出来ませんが、元本受益者として信託終了後に信託財産を取得できる立場にあります。また、妻が死亡した場合には信託が終了し、妻の相続人である子らは妻から収益受益権を承継することになります。このように、子らは最後には完全な受益権を取得するのでA(父)死亡時の相続でアパートからの利益を得られなくとも、遺留分が侵害されたとの主張はできないと考えられます。

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 なお、収益受益権につき元本受益者とされた者が当初収益受益者から連続して取得する受益者連続型の場合(本件のように収益受益者の死亡により収益受益権を元本受益者が相続する場合も含む)には、信託時点では元本受益権については税制上価値移転が0とされ、課税されません。つまり元本受益者が収益受益権を取得するときに、元本受益も加味して信託財産全体について課税されることになります。


~後の世代に託したい~

事例12 死後のペットの世話

(1)事案・希望 

祖母は現在愛犬と暮らしている。自分の死後も愛犬に財産を残して、ちゃんと飼育してもらいたい。祖母には、娘とその孫がおり、財産の管理は任せることができる。犬の世話については、娘と孫に経験はなく、現在の住居ではペットを飼うことができないので、愛犬家を探して頼むつもりである。愛犬に残したい財産は貯金500万円であり、もし愛犬が天寿を全うしてもなお財産が残るなら、残りは娘や孫に渡したい。


minji-shintaku-katsuyo-12-01.jpg(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

(2)解決方法

△負担付遺贈
 遺言書で娘に、「犬の世話を信頼できる愛犬家に託し、残した財産から飼育費用を捻出する負担を負うこと」を条件に貯金500万円と犬を娘に遺贈するという方法です。娘が必ず負担を負う保証はなく、確実とはいえません。
△負担付贈与
 まず、生前に愛犬家を見つけ、死後の世話を託します。そのうえで、娘に「飼育費用を捻出する」負担を負うことを条件に貯金を贈与するという方法です。こちらも、娘が負担を負うという保証はなく確実な方法といえません。
〇信託
 祖母を委託者、娘を受託者、「祖母の死後に犬を信頼できる愛犬家に託して信託財産から飼育費用を捻出すること」を目的として信託する方法です。問題となるのは、受益者です。財産から世話を受けるのは犬ですが、犬は人ではないので受益者とはなれません。このような場合は受益者不在とすることも可能で、これを目的信託といいます。目的信託の注意点は有効期間が20年に制限されていることです。ペットの寿命が20年以内であれば受益者不在の目的信託の利用で良いでしょう。20年以内に信託が終わりそうにないのであれば、当初受益者は祖母、第二受益者は娘か孫として、受益者を設定しておきましょう。

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事例13 「死後事務」を託したい

(1)事案・希望

妻に先立たれた夫が自分の死後の葬儀・埋葬、墓地の管理、先祖の供養などについて生前から準備しておきたいと考えた。夫婦に子はなく、夫の弟夫婦もなくなっているが、弟夫婦の娘(姪)は存命である。具体的な希望は①自分の死後事務を誰かにお願いしたい、②死後事務に係る費用は、預貯金500万円と死後に返金されるマンションの保証金を充てたい、③自分の希望通りに死後事務を行ってもらえるようにしておきたい、というものである。


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(2)解決方法

△葬儀会社との生前予約契約
 葬儀等については葬儀会社と生前のうちに契約しておくことが考えられます。この場合には死後にちゃんと契約通りの葬儀を行ってくれるか、会社が存続しているかわからないという不安があります。また、生前の予約契約では契約時点で資金が用意できている必要があるため、死後に得られる資金をあてにしている場合には不適当な方法となります。
△委任
 生前のうちに姪と、自身の死後の事務について委任契約を締結しておく方法です。この方法については、本人の死後に姪が契約通りに事務を行ってくれるとは限らないという難点があります。 
〇信託
 姪を受託者、委託者本人を委託者兼受益者とします。目的は死後事務を行うことで、信託財産は預貯金500万円とマンションの保証金返還請求権です。受託者である姪の能力に不安があるならば、専門家である信託監督人を設定しておきます。信託に際しては、託したい死後事務と財産について可能な限り具体化して伝えておくことが必要です。また、受託者となる姪に対しては、信託という方法をよく説明しておく必要があります。

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事例14 歴史的価値のある財産の保存・継承

(1)事案・希望

Aは歴史ある屋敷を所有しており、先祖代々の建物として大切に保存してきた。しかし、保存の費用の負担も大きく自分一人での管理が困難になってきた。なんとか屋敷を保存していきたいと考えている。ただし、建物を多少改修し、利用できる建物としてテナント化することも考えており、公的な文化財登録は考えていない。
Aの子が二人おり、長男はAと同様に保存を考えているが、次男は取壊すか売却すべきと考えている。歴史ある建物なので、地域の人々も保存には好意的である。
Aの具体的な希望としては、①建物を次男に相続させず後世に残したい、②建物をテナント化して家賃収入から税金や維持管理費を捻出したい、というものになる。

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(2)解決方法

△業務委託契約
 不動産会社と委託契約を結んで建物の管理を委託する方法です。第三者に任せられるため、本人の事務的な負担は軽いです。ただし、委託にコストがかかるため経済的な負担があります。建物から得られるテナント料が十分でない場合にはコスト面から難点があります。
△長男への贈与
 Aと同じく保存派である長男に贈与する方法です。長男が保存の事務・費用負担に耐えられる場合の方法となります。長男には贈与税がかかりますし、財産を承継できない次男の不満が生じるという難点があります。
△法人への贈与
 建物を管理する法人を設立し、そこに贈与するという方法です。第三者に贈与してしまえば、相続上の問題は生じません。もっとも、法人に対する贈与なので、Aにみなし譲渡所得税、法人に法人税がかかってきます。
〇信託
 信託ならば、実質的な所有者が変わらない場合は課税されないため、税負担の問題をカヴァーできます。

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 Aを委託者兼受益者として、賃貸管理業務を行うことを目的に建物を信託します。
受託者については、管理業務を行う法人を設立してこれを受託者とすることが考えられます。法人として考えられるのは一般社団法人と一般財団法人です。一般社団法人は社員2名以上で設立が可能で、設立が容易でコストも低いです。しかし、法人の目的の変更が可能であるため、「屋敷の維持保存」の目的が反対派・次男の介入で変えられてしまった場合には、法人が受託者として今回の信託に不適当であるということになり、信託が事実上停止してしまうことになります。これに対して、一般財団法人では、目的の変更が制限されているので安心です。ただし、一般財団法人の設立には、300万円以上の財産の拠出、評議員3名以上・理事3名以上・監事1名という人材の確保が必要です。どちらの法人を設立するかは用意できる資金や期待できる協力者を踏まえて検討することになります。
 受託者は家賃収入から賃貸管理業務に要する必要経費を差し引いて、残額を配当として受益者に交付します。信託の終了後(委託者の死亡後など)に法人に建物を帰属させる場合には税金がかかりますが、受託者は家賃収入の一部を積み立てておけば、そのお金から税金を支払うことができます。


事例15 空き家対策の信託

(1)事案・希望

 
 A(70代女性)は数年前に夫を亡くして以来、自宅で一人暮らしをしている。しかし、将来認知症などになった場合に備えて、施設への入所も検討している。自宅は遠方に住んでいる息子夫婦が将来移り住む事になっているが、Aが施設に移ってから息子夫婦が住むまでの間に空き家になってしまうことを心配している。
 管理は一応息子に任せることができ、Aの預貯金1000万円を家の管理費用に充てることが可能である。


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(2)解決方法

△贈与及び使用貸借
 Aから息子に自宅と管理費用の1000万円を贈与したうえで、所有者になった息子からAAが使用貸借契約により自宅を借りるという方法です。
 簡便な手段であり、Aも引き続き無償で自宅に住むことが可能です。
 難点としては、贈与を受けた息子がAの希望通りに管理してくれるとは限らないことがあります。Aの意図に反して売却などしてしまう可能性があります。
〇信託

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 信託でAの希望を叶えるには、Aを委託者兼受益者、「実家を修繕・リフォーム等に限定して管理すること」を信託の目的とします。目的を限定することで、息子夫婦の将来の転居に備えた管理が期待でき、かつAの希望に沿わない第三者への売却や賃貸を防ぐことが出来ます。受託者については、今回のAの希望には実家について賃貸などの複雑な管理は含まないので、遠方に住む息子夫婦を受託者とすることも可能でしょう。または、受託者を息子を代表とする一般社団法人とすれば息子の次の世代以降も社団法人が管理を行っていけます(社団法人の設立手続きは別途必要となります)。

【事業信託】

事例1 後継者が決まっているケース(唯一の相続人)

(1)事案・希望 

A会社を立ち上げ、40年守ってきた社長が、自身の年齢を考え後継者への引継を検討している。一人息子を後継者に選んでいるが、まだ経営者としては経験不足なため、しばらくは社長が経営を続けて息子に教育を行うつもりである。会社には立ち上げ当時から右腕として共に働いてきた取締役がいる。会社の株主は社長が100%の株式を保有している。また、妻には先立たれているので、社長の親族は後継者である息子一人である。
 社長の希望はA会社の事業を後継者となる息子にスムーズに承継したいということになります。具体的には①社長の株式を全て息子に移転したい、②息子に経営を任せられるようになるまで社長が経営をつづけ、息子を教育したいということになります。

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(2)解決方法

△生前贈与
 比較的簡便に社長の株式を息子に移転することが可能ですが(①)、社長がすぐに経営権(株式)を手放すことになるため希望②に沿いません。また、息子が贈与税を用意する必要があります。
△相続
 相続の場合には、息子の他に親族もいないので、社長が亡くなれば当然に息子が全部の株式を取得することとなります。特に手続きがいらない点はメリットといえます。
 もっとも、株式を相続しても株式の名義書き換えの手続きが必要であり、息子が後継者として議決権を行使できるようになるまでにある程度の時間がかかります。その間、会社の経営に空白が生じるという点でデメリットがあるといえます。また、相続は死亡した場合に生じるもので社長が事故・病気等で意識不明の状態が続いた場合には対応できません。
〇信託
 信託を用いれば、社長の希望を叶えることが可能です。採り得る信託のスキームはいくつか考えられます。

スキーム①自益信託

minji_shintaku_jigyo_1_02.jpg(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 このスキームでは信頼のおける取締役を受託者として、社長が保有している株式を信託します。特に注意すべきなのが、信託する株式について「議決権行使の指図権」を委託者が有することを設定しておくことです。信託では原則として信託財産の管理処分権が受託者に移るため、指図権を設定しておかないと委託者兼受益者が株式の議決権行使をできなくなってしまいます。
 そして、息子への承継については受益権(指図権含む)の移転事由を設定しておきます。移転事由は任意に設定できるため、社長が死亡した場合や認知症・寝たきりになった場合、息子が〇〇の実績を達成した場合等の事由を設定しておきます。この事由が生じたときに受益者が社長から息子となり、息子は社長に代わって経営権を握ることができます。移転事由は複数定めること、そして各事由の優先順位をつけることが可能です。
 このスキームが最も基本的なスキームです。

スキーム②他益信託

minji_shintaku_jigyo_1_03.jpg(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 このスキームは①の自益信託と異なり、当初から後継者を受益者としておくものです。
「議決権行使の指図権」を委託者に設定しておくのは①と同様です。②では当初から後継者を受益者とするので、移転させるのは受益権ではなく、指図権のみです。指図権の移転事由についても任意に設定が可能です。①同様、社長の死亡、認知症、寝たきりの場合や息子の経営者にふさわしい業績の達成の場合を設定します。
 
スキーム①と②の使い分け
 社長の希望を達成するという点では①②はほとんど違いがありません。①②で違いが出てくるのは、後継者が税金を払わなくてはならない時期についてです。
 ①の場合には当初の受益者が社長本人なので、信託時点では経済的価値の移転はなく、税金はかかりません。受益者が息子・後継者に移転した時点で税金がかかることになり、移転事由が社長の死亡なら相続税が、それ以外なら贈与税がかかります。
 ②の場合には信託の当初から受益者が後継者となるので、信託の時点で後継者への経済的価値の移転があり、贈与税がかかることになります。
 税金を支払う時期については、後継者がまとまったお金を用意できる時期を考える必要があります。そして、本事案での信託財産は株式であるため、移転時点での株価が経済価値の移転の額になります。将来の株価についても予想を立て、いくらくらい税金がかかるのかを想定する必要があります。そして、税制上有利となるスキームを選択しましょう。

スキーム③自己信託

minji_shintaku_jigyo_1_04.jpg(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 社長自身が受託者となる方法です。社長が受託者となるので指図権を設定するまでもなく、社長は信託財産である株式について権利行使が可能です。
 このスキームの場合は、後継者に承継するために信託終了時における信託財産の帰属先を設定しておく必要があります。信託の終了事由も任意に設定できます(例、社長の死亡)。
 自己信託では詐害的な利用の防止の趣旨から、公正証書等による設定が必要となります。また、後継者に税金がかかる時期については、他益信託と同様で信託設定時です。

スキーム④後継者を受託者とする信託

minji_shintaku_jigyo_1_05.jpg(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 スキーム④は後継者を受託者とする方法です。この場合も、委託者に指図権を設定しておき、経営権の実質は社長が有する建付けにしておきます。
 そして、後継者への承継については信託の終了事由を定め、信託終了後の残与財産の帰属を後継者としておきます。このスキームでは、後継者に受託者としての義務や責任が生じるため、まだ経営者の卵である息子には過重な負担となるおそれもあります。そのため①~④のスキームの中では採用されることは少ないでしょう。

事例2 後継者が決まっているケース(相続人複数)

(1)事案・希望

事例1と同様に、高齢になった経営者(社長)が後継者への事業の承継を希望している。後継者とするのは長男であり、事例1とは異なり、社長の相続人が後継者の長男だけではなく、妻、次男、長女と複数存在する場合である。
このような場合の事業承継をスムーズに進めるにはどのような方法があるか。


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(2)解決方法

 事例2は相続人が複数いる点で事例1と異なります。そして、こちらの事例の方が、他の方法と信託の手法の違いが際立ってきます。
 
△生前贈与 
 株式全部の生前贈与は事例①で述べたのと同じく、簡便な方法というメリットがありますが、贈与の時点から経営権が移転してしまうため、社長がしばらく経営に携わり続けて後継者に教育したいという望みには沿いません。
△遺言
 遺言についても比較的簡便な手段であるというメリットがあります
しかし、死亡によって株式が後継者に移転しても、名義書き換えの手続きが必要であり、経営権の空白期間が生じてしまいます。また、遺言は遺言者の翻意で書き換えられるため、後継者の地位が安定しない場合もあります。そして、遺言は死亡した場合しかフォローせず、社長が認知症になったり、事故で長期間の意識不明状態になったりした場合については対応できません。さらに、相続人が複数いる場合ですので、遺留分の問題が生じることもあります。遺留分が問題となった場合、財産的価値のある株式について後継者のみに帰属させることが難しくなります。
△拒否権付き種類株式の利用
 社長が拒否権付きの種類株式を発行・取得し、その他の株式全部を後継者に生前贈与するという方法も考えられます。この方法では、後継者が経営の実権を握り、その決定に対して社長が拒否権で制限を欠けるという形式で、経営指導をするということになります。
社長の希望が後継者へ経営権を移転するまでは完全な経営権を自身が保有することであるならば、この方法は適しません。また、種類株式の発行には会社法上の手続きが必要であるため、それなりの手間とコストがかかります。さらに、拒否権付きの株式につき、いざ社長が亡くなった場合には後継者以外の者に渡らないようにしておく必要があります。
◎信託
 信託を用いれば、社長の希望を叶えることが可能です。この事例においても、複数の信託スキームが考えられます。

スキーム①自益信託

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 この自益信託のスキームは、相続人が増えたことが違うだけで、事例①の自益信託と同様です。
 社長が委託者兼当初受益者となり、信頼のおける取締役を受託者とします。株式を信託財産とするので、基本的には取締役が議決権を行使することになりますが、委託者が議決権行使の指図権を設定しておくことで実質的な権限は社長が行使できます。そして、この指図権について、後継者である長男への移転事由を任意に設定します(社長の死亡、長期間の意識不明、長男の経営者たる実績の達成等)。
 複数いる相続人との関係では、信託における受益権(株式から配当受ける権利等、議決の指図権は除く)を当初はその100%が社長に帰属するよう設定し、第二受益者として相続人らを設定します。受益権の移転事由も任意に設定が可能です。
 つまり、信託財産である株式の経済的価値をなす受益権については相続人全てに相続分に応じて帰属させ、株式の経営権に関する部分は後継者である長男に独占させることができます。こうすることで、経営権(株式)を長男に独占させることによる遺留分の問題は生じません。
 このスキームは信託の「財産の管理処分と経済的価値を分離して扱うことができる」という特性をうまく利用したものといえます。

スキーム②他益信託

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 当初から相続人らを受益者として設定しておくスキームです。事業の承継は、議決の指図権を社長に付与したうえで、後継者である長男に移転する移転事由を任意に設定します。
 このスキームでは信託開始の時点で受益者たちに信託財産の経済的価値が移転するので、信託開始時期に納税が必要となります。受益者の担税力を見極めた上で利用するスキームです。

スキーム③自己信託

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 この自己信託のスキームでは、委託者自身が受託者となり、受益者に信託財産から得られる利益の給付を行います。上記の他益信託と同様ですが、社長自身が受託者となるため議決権行使の指図権の設定は不要です。
 後継者への事業の承継は、後継者を残余財産帰属者に設定することで行います。後継者への承継の時期に合わせて信託の終了事由を定めておきます。残余財産帰属者を設定しなかった場合には、信託法の規定にしたがって残余財産の帰属が決まるので、株式を後継者に独占させることが困難です。

事例3 後継者が決まっているケース(相続人でない者)

(1)事案・希望 

会社の100%株主である社長が高齢になり、後継者に会社の経営を承継したいと考えている。後継者には長年、自身の右腕として経営に携わってきた取締役を選んだ。社長の相続人には子が3人いるが、会社経営には関心がない。
 後継者である取締役に社長の保有する株式を移転する必要があるが、取締役は相続人ではないため、どのような方法であればスムーズに承継ができるか。


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(2)解決方法

〇△ 生前贈与
 社長が取締役に全部の株式を贈与するという方法です。簡便な方法であり、社長が経営権を即時に取締役に委ねていいという場合に採り得る方法です。譲り受ける取締役には贈与税がかかります。
 社長がしばらくは経営権を握ったままにしておきたいという場合にはこの方法は採れません。
△遺贈
 遺贈の方法は、取締役に全部の株式を取得させるので、相続人から遺留分減殺請求を受けるという問題が生じます。また、株式の取得から名義書き換えまでの空白期間が生じてしまいます。
〇信託
 信託ならば社長の希望を叶える複数のスキームがあります。

スキーム①自益信託
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 社長を委託者兼受益者、後継者である取締役を受託者、信託財産を株式とします。議決権行使の指図権を社長に付与しておき、社長が経営を行えなくなる事由(死亡、認知症、事故等)を指図権の消滅事由とします。指図権が消滅すれば信託の原則通りに、受託者が権利行使できるようになります。こうすれば、後継者の取締役が指図権の消滅とともに、経営権を取得できます。
 相続人との関係については、受益権で調整します。当初は受益者を社長に設定しておき
、移転事由を設定して、相続人ら及び後継者の取締役を第二受益者とします。例えば、相続人の子らは各30%ずつ受益権の配分を受け、取締役は10%の配分を受けるというものが考えられます。なお、受託者が受益者を兼ねる場合には、信託が1年で自動終了するのですが、今回のスキームでは受託者が取得するのが受益権の一部であるため、自動終了とはなりません。
 またこのスキームでは、信託の終了事由や終了時における信託財産の帰属先も注意して決めておく必要があります。社長の希望が、取締役が経営に耐えなくなった場合には、自らの相続人に会社を託したいというのであれば、例えば、終了事由は「取締役〇〇の死亡、認知症と診断されたこと等」、残余財産帰属先は「長男、長女、次男で法定相続分に従い配分」と設定しておきます。

スキーム②他益信託

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 この他益信託のスキームでは、受益権を2種類に組み替えます。例えば、受益者1を「会社株式に割り当てられる配当の10%と議決権行使の指図権を取得する者」、受益者2を「会社株式に割り当てられる配当の30%を取得する者」としたうえで、取締役を受益者1、相続人の子らを受益者2に設定しておくということが考えられます。こうすることで、経営に興味のない子らは配当を得られるので不満を持ちにくいですし、後継者である取締役は10%の配当を得ながら指図権により会社の経営を握ることができます。


事例4 後継者が決まっていないケース

(1)事案・希望

高齢となった社長(100%株主)がA会社を後継者に引継ぎすることを検討している。後継者については、明確には決まっておらず、長男か長女のどちらかにするつもりである。長男、長女共にA会社で働いており、社長は二人の今後の働きぶりをみて後継者を選びたいと思っている。会社には、信頼を置いている取締役がいる。社長が亡くなった場合の相続人には、長男と長女の他に妻がいる。

 社長の希望としては、スムーズに事業を承継したいということになります。後継者が決まっていないため、社長が元気で判断力があるうちに後継者を決定できればよいですが、不慮の事故や判断能力の喪失・低下に備える必要があります。希望を叶える方法として、他の方法はとりづらいので、信託の方法を検討します。

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(2)解決方法

△他の方法
〇信託
 以下の2つのスキームが考えられます。
スキーム① 委託者が後継者の条件を設定する場合

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 このスキームでは、社長が委託者兼受益者、取締役を委託者とし、株式を信託財産とします。そして、議決権行使の指図権を社長自身に付与します。その上で、議決権行使の指図権の移転事由を設定します。この移転事由については、後継者にふさわしい条件を設定します。例えば、「長男または長女が〇〇の業績を達成したときに、先に達成した方に移転する」などと設定します。社長亡き後の受益権の移転に関しては、各相続人の遺留分に配慮して配分の割合を決定しておきます。
 
スキーム② 委託者が第三者に後継者選択を委ねる場合

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 このスキームでは、委託者が第三者に後継者の選定を委ねる場合を想定しています。会社の状況に合わせて、最も適当な後継者を選んでもらいたいという場合に利用します。
 委託者兼受益者を社長自身、受託者を信頼のおける取締役、信託財産を株式として、社長に株式行使の指図権を付与することはスキーム①同様です。
 異なるのは、取締役や取締役会など社長が信頼を多く人物・機関を受益者指定権者に指定することです。つまり、社長の後に受益者となる第二受益者について、第三者に決定権限を与えておくということです。特に区別しない限り、受益権には株式行使の指図権も含まれます。こうすることで、もし社長が後継者を選ぶことなく死亡、判断能力を喪失した場合にも信頼できる人物・機関に後継者の決定を託すことが出来ます。受益者指定権者の指定に際しては、「長男、長女のいずれかから第二受益権を指定する」という制限を加えておくことが可能です。
 さらに、長男、長女間での株式の経済的利益の配分をめぐる争いを予防する観点からは、受益者指定権者について「長男、長女のいずれかから第二受益者・甲を指定する。」、第二受益者について「第二受益者・甲はA社株式の配当の50%を受けるとともに、議決権行使の指図権を有する。第二受益者・乙はA社株式の配当の50%を受ける。」等の設定をしておくこともできます。第二受益者・甲を後継者としたうえで、他方の第二受益者・乙には経営権は与えないが、経済的利益を与えて不満を生じさせないようにする構成です。

事例5 事業用の財産を承継するケース

(1)事案・希望 

高齢の社長がおり、会社の後継者は長男とすることが決まっている。社長の相続人は妻が亡くなっているため、後継者である長男含め三人の子である。問題は会社が社長個人の名義の土地建物を利用しているので、社長が亡くなった場合には、三人の子に相続され共有状態となり、会社の使用に支障が生じるおそれがあることである。

(2)解決方法

〇△ 遺言
 遺言で後継者である長男に単独で土地建物を相続するように指定できれば、簡便な方法となります。もっとも、遺言による方法では、相続財産に他の財産がない場合や長男に十分な資産がない場合には、他の相続人から遺留分減殺の主張がなされて単独での土地建物の相続ができないおそれがあります。
〇 信託
 信託では、不動産の共有化を防ぎつつ、遺留分に配慮した方法をとることができます。

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 このスキームでは、委託者兼受益者を社長自身、受託者を取締役などの信頼置ける人物、信託財産を土地建物とします。特別条項として、受託者が会社との間で、社長生存中は使用貸借契約を、社長の死後は賃貸借契約を結ぶよう設定しておきます。こうすることで、社長死亡後に土地建物の経済的価値と管理処分権を分離することができ、不動産の管理処分は受託者が行いながら、賃料収受権による経済的利益は受益者である相続人の子らが受け取ることができます。そして、受益権については遺留分に配慮した配分割合で設定することで、遺留分減殺請求を受けるリスクを無くすことができます。


事例6 他の会社に事業を引き継いでもらうケース

(1)事案・希望

 
小売事業とリース事業を営む社長Aが、高齢になり事業の承継を考えている。リース事業は近年始めたもので、現在黒字であり成長も見込めるので、第三者に経営を委ねたうえで、自身が生きているうちは利益はいままでどおり自分たちの生活費に充てたい。小売事業については、愛着もあり生涯続けていくつもりである。
 事業承継の相手は旧知の社長Bを希望しているが、BとしてはAのリース事業についてしっかり把握した上で承継するか決めたいと思っている。社長Aには息子がいるが、Aの事業とは関係のない仕事をしており、事業を承継させることは考えていない。


minji_shintaku_jigyo_6_01.jpg(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

(2)解決方法

〇△事業譲渡
 社長Aの「リース事業をBに引き継いでもらい、自身の生存中は事業からの利益を生活費に充てたい」という希望は事業譲渡の手段でも叶えることが可能です。もっとも、社長Bはリース事業についてしっかり見極めてから判断したいとしており、即時の事業譲渡はBの希望に沿いません。
〇信託
 AB両者の希望を叶える方法として事業そのものの信託の方法があります。事業譲渡では一旦譲渡してしまうと、BからAに事業を返すことはAの同意なく行うことはできません。対して信託では、あらかじめ条件を設定しておくことで、BがAに事業を返還することが可能です。
 ここでは、自益信託によるスキームを紹介します。

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 委託者兼受益者をA、受託者をB(またはBの会社)とします。信託財産はリース事業とします。このスキームにより、受託者に事業の経営を委ねた上で、事業から受ける利益は受益権により獲得することができます。
 B(またはBの会社)は信託設定契約の中で定められた信託報酬を取得することができます。
 また、信託設定契約の中で、AとB(またはBの会社)は信託した事業の帰趨を定めておきます。例えば、1年間の期間を設定して、その期間の業績の見込み次第ではBがAに事業を返還できる等と設定します。この場合も、Bは信託契約上受益者に忠実義務を負うので、Bによる手抜き経営を防止する法的担保はあります。
 信託終了時にBに事業をそのまま承継させるなら、終了時の信託財産の帰属先をBに設定しておきます。


事例7 資金調達スキームとしての信託

(1)事例・希望

 
 Aは甲株式会社を経営しており、主な事業であるキャラクターグッズの製造販売の事業は順調である。他方で数年前に立ち上げたスマートフォンのアプリ開発事業では黒字を出せないでいる。そうした状況であったが、大手のアプリ開発会社に勤めていた者の引き抜きに成功した。この社員の新たなアプリ開発のアイデアが素晴らしいので、融資を受けて事業として実現したいと考えている。しかし、これまでのアプリ開発事業の不採算から、銀行は融資にいい顔をしない。順調なキャラクターグッズ事業の価値を利用してなんとか資金調達できないか。
 Aの希望としては、キャラクターグッズ事業の価値を利用して、新たな事業のための資金調達をしたいというものになります。

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(2)解決方法

 キャラクターグッズ事業の事業価値を資金に換える方法としては、事業譲渡や会社分割の方法がありますが、Aの希望からは順調なキャラクターグッズ事業を手放してまで、新規事業をしたいということまではうかがえないので、これらの方法はとれません。
 種類株式(トラッキングストック)の発行という方法もありますが、定款の変更など一定煩雑な手続きが必要である難点があります。
 そこで、信託による方法を検討します。信託の方法としては、①自己信託の方法、②自益信託の方法が考えられます。
 
①自己信託

minji_shintaku_jigyo_7_02.jpg(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 この自己信託方法では、委託者兼受益者を甲社、信託財産をキャラクターグッズ事業とし、受託者も甲社自身となります。
 信託受益権を当初は甲社が保有しておくことにします。このままでは、自己信託として1年で信託が終了するので、1年以内に投資家や企業家なども第三者に信託受益権を買い取ってもらいます。こうしてキャラクターグッズ事業に関する受益権を売却して、資金を得ることができます。
 この自己信託によって、キャラクターグッズ事業の運営はAが続けたうえで、同一会社内の財産の分化が達成できます。会社分割や事業譲渡と異なり、従業員移籍や知的財産移転の問題が生じないこともメリットであるといえます。信託の手続としても、公正証書等の法定の手続きは踏む必要がありますが、自社内で完結するので、簡便といえます。

②自益信託

img(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 自益信託の方法は図としては自己信託とほとんど同じで、受託者が他の会社である乙社となっています。キャラクターグッズ事業に関する受益権を設定して、これを売却して資金を得るのは自己信託の場合同様です。
 乙社は、事業を託すのにふさわしい信頼のおける会社です。信頼のおける会社がある場合のスキームとなります。
 また、自益信託では事業譲渡同様の手続が甲・乙両社内部で必要となり、事務処理上煩雑となるという難点があります。

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